- 2003年世界経済に占める新興国の比率は13%。2017年には42%に。
- 2030年には国内総生産(GDP)の上位10カ国に中国、インド、ブラジル、ロシア、メキシコの新興国5カ国が入る。
- しかし、米国主導の秩序はしばらく続く。
経済教室
(2)東アジア、地域体制は強靱
白石隆 政策研究大学院大学学長
中国台頭、柔軟対応を 米主導秩序、崩壊あり得ず
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<ポイント>
○新興国台頭の影響は分野や地域により違う
○東アジア諸国は大国などを使い中国に対応
○富と力のバランス変化に応じルール進化を
○新興国台頭の影響は分野や地域により違う
○東アジア諸国は大国などを使い中国に対応
○富と力のバランス変化に応じルール進化を
世界の政治経済における新興国の比重が急速に増している。2003年、世界経済に占める新興国・途上国の比率は13%だった。それが10年には34%、17年には42%になると予想される(図参照)。
また、10~17年の世界の経済成長に占める新興国・途上国のシェアは59%に達するとされる。うち中国が22%、東南アジア諸国連合(ASEAN)が6.3%、インドが4.2%、ブラジルが3.6%を占める。経団連などが作成する「グローバルJAPAN」によると、この趨勢が2020年代も持続すれば、30年には国内総生産(GDP)ランキングの上位10カ国に中国、インド、ブラジル、ロシア、メキシコが入る。
では、新興国の台頭は世界の政治経済にとってどんな意義を持つのか。今日の世界秩序は、国連、国際通貨基金(IMF)・世界銀行、世界貿易機関(WTO)、北大西洋条約機構(NATO)、日米同盟を基軸とするハブとスポークの地域的な安全保障システムなど、米国主導の様々な制度と規範に支えられている。この秩序はきわめて強靱(きょうじん)で、新興国の台頭で米国の力が相対的に低下しても、大きく崩れることはない。これが一つの考え方である。
もう一つの考え方はもっと悲観的である。新興国は経済規模では確かに大国となりつつある。しかし、1人あたり国民所得でみれば発展途上国であり、世界の安全と繁栄のために自国の発展を犠牲にしてまで大国の責任を果たすつもりはない。したがって、新興国の台頭とともに、多国間協調主義なき多極化が進み、グローバルガバナンス(統治)の仕組みは有効性を失っていく。あるいは、主要7カ国(G7)も20カ国・地域(G20)もグローバルリーダーシップを持てない「G0(ゼロ)」の世界となる。
こういう議論はわかりやすい。しかし実際には、新興国は、IMFのように自分たちも必要とする制度やルールであれば、それを維持して自分たちの発言権を強化しようとするだろうし、地球温暖化対策のように自分たちに都合が悪ければ協力しようとはしないだろう。つまり、新興国の台頭で協力の仕組みがどうなるかは、通貨・金融、貿易・投資、開発援助、環境、エネルギーなど、分野によってずいぶん違う。
新興国台頭のインパクトは地域によっても違う。新興国には中国、インド、インドネシアなどアジアに位置する国が多い。また、中国は今後15~20年で、米国を凌駕(りょうが)して世界第一の経済規模を持つ国になる。このインパクトを最も強烈に受けるのはもちろんアジアである。
では何が起きているのか。地域システムからみよう。東アジアの地域システムでは、米国主導の地域的な安全保障システムと、中国、中国以外のアジア(日本を含む)、米国の三角貿易を基盤とする地域的な経済システムの間に緊張がある。中国は経済的には統合されている一方、米国主導の安全保障システムの外にいるからだ。このため東アジアでは、中国が台頭すると安全保障と通商のシステムの間の緊張が高まる傾向にある。
それが近年、顕著となった。南シナ海の領土問題に典型的にみられるように、中国が一方的行動によって自国の意思を周辺諸国に押し付けようとし、そのためには政治と経済のリンケージも辞さないからである。その結果、周辺の国々は中国台頭のリスクを強く意識するようになり、これが米国のアジア再関与政策と相まって、地域協力のダイナミズムを変化させた。
米国は1997~98年の東アジア経済危機に際し、韓国、タイ、インドネシアなどに露骨に介入した。そのため2000年代には、米国を排除した、東アジアを枠組みとする地域協力が進展した。しかし08年以降、中国の大国主義化とともに中国がリスクと意識され、そのヘッジ(回避)のために、米国を入れた、アジア太平洋を枠組みとする地域協力が重要となった。
また、中国台頭の現実に直面して、東アジアの国々はいろいろな形で自らの行動の自由を確保しようとしている。その戦略はASEAN諸国だけをみてもずいぶん違う。タイは冷戦終焉(しゅうえん)以降、バンコクをハブに大メコン圏の市場統合を推進してきた。大メコン圏におけるインフラ整備などの中国の経済協力は、その意味で歓迎である。領土問題もない。中国台頭を心配する必要はない。
一方、インドネシアは最近、静かに日米オーストラリアとの連携に舵(かじ)を切った。中国との貿易でインドネシアは再び1次産品輸出国になりつつあるうえ、中国の海軍力増強が脅威だからである。またベトナムにとって、中国は人口で約15倍、経済規模で約60倍の大国である。この非対称性をいかに管理するか。「てこ」を使うしかない。ASEANを使って中国に関与する。米国、インドと連携して中国とバランスをとる。日本と連携してインフラを整備する。
これが現状である。ではこれからどうなりそうなのか。
遠い未来は知らず、これから20~30年のうちにこの地域に中国中心の秩序ができるとは思えない。確かに中国は台頭している。しかしそれ以外の国々も、インドネシア、インドをはじめ成長している。米国、日本もこの地域の重要なプレーヤーであり続ける。したがって、仮に中国の経済規模がいずれ米国を凌駕するようになったとしても、米国とその同盟国やパートナー国が連携すれば、力の均衡が圧倒的に中国に有利になることはない。まして、中国が自分のルールと制度を周辺の国々に押し付けることなどできるわけがない。
注目すべきは、米国を中心として、この地域の国々が富と力のバランスの変化に応じて、ダイナミックに均衡を維持できるかどうかである。
ただし、これは東アジアに大きな変化はない、ということではない。「海のアジア」と「陸のアジア」の勢力配置は確実に変わる。現在、海のアジアは「米国の海」となっている。しかし中国は近年、海のアジアにおける力の投射能力を高めつつあり、その行動もますます一方的となっている。この緊張は今後もっと高まるし、予期しない形で紛争が起きる可能性もある。
一方、大メコン開発に典型的にみられるように、中国は高速道路、高速鉄道、港湾整備などのインフラ整備によって、静かに、しかし不可逆的に、その力を内陸から沿海部に広げつつある。併せてヒト、モノ、カネ、企業なども国境を超えてその周辺にあふれ出ている。これは中長期的にアジアの地政学的条件を大きく変えるだろうし、周辺地域の中には中国の勢力圏に組み込まれるところもあるだろう。
まとめれば、次のように整理できる。新興国の台頭で世界的な協調は、分野によっては非常に難しくなるだろう。しかし、米国主導の秩序が全面的に崩壊することはあり得ないし、それが懸念されるようになれば、それを支えようという国々も出てくる。
同じことはアジアについてもいえる。東アジア/アジア太平洋の地域システムはなかなか強靭で、何がリスクかに応じて、柔軟にリスクヘッジの仕組みがつくられている。また、この地域の国々はそれぞれに「てこ」をいろいろ使って、自国の安全と利益を守ろうとしており、中国が台頭しているからといって中国になびいているわけではない。
中国、インド、インドネシアなどの台頭で、東アジアの富と力のバランスはこれからも急速に変わっていく。それにダイナミックに対応しつつ、制度とルールを進化させることが今後の課題である。
しらいし・たかし 50年生まれ。コーネル大博士。専門は国際関係論、東南アジア研究
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