社会保障を変える「起業家」
◆東京都心の六本木ヒルズ(東京・港)案内所などに8月、期間限定で試験的に置かれているタブレット端末がある。端末のカメラに向かって手話をすると、コールセンターにいる手話通訳者が手話の内容を言葉で話してくれるものだ。この遠隔手話通訳は「テルテルコンシェルジュ」の名称で現在、全国約300カ所で利用できるという。
◆コールセンター会社と提携して運営するのは、障害者支援のベンチャー企業・シュアール(神奈川県藤沢市)。社長の大木洵人(じゅんと)さん(25)が大学在学中に手話サークルを立ち上げ、その流れで全国に約36万人いるとされる聴覚障害者が利用できるビジネスを起こした。
◆手話は聴覚障害者が意思を伝える重要な手段で、市町村も窓口に手話通訳者を置くよう義務付けられている。ところが、厚生労働省によると、昨年3月末時点での設置自治体は全国の約29%どまり。財政上の理由などが設置率の低さを招いているという。
◆社会的な課題をビジネスで解決する起業家は「社会起業家」と呼ばれる。自治体さえ担いきれない公的な事業である手話通訳サービスをビジネスとして展開する大木さんも、その一人だ。先駆的な事業モデルは海外からも注目され、米国の社会起業家支援団体として著名なアショカが認定する「フェロー」に東アジアで初めて選ばれた。
◆消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法が成立した。少子化と高齢化が同時に進む日本で社会保障の財源を確保するため、消費増税は避けて通れないだろう。ただ、社会保障サービスを行政に頼れば頼るほど、さらなる増税を招きかねない。
◆「政治家や研究者より、起業の方が社会を変えられる早道だと思う」。大木さんはこう語る。各地で今、子育てや介護、就労支援などで社会起業に挑む若者が次々と現れている。地域で活動する彼らのサービスを試してみることが、行政頼みではない、草の根の社会保障改革の第一歩になるかもしれない。
(森川直樹)
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