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Thứ Ba, 12 tháng 6, 2012

5寺社が江戸城を守る。浅草寺の場合。

江戸城を守る5寺社

江戸時代には、江戸城を5寺社が守っていました。
天海僧正の助言によるものです。


川越・喜多院の住職天海(1536-1648)は江戸の町を、
    風水、神道、仏教、儒教、陰陽道(おんみょうどう)、呪術、民間信仰
で設計し、守りを固めました。

風水とは、環境学、地理学、天文学、哲学、宗教をあわせた快適生活学です。
風水はそのころの最新の学問でした。

<*
20年前の医学の常識は、今の常識ではありません。
今の医学の常識は20年後には非常識となリます。
100年後には今の医学は「足のくるぶし段階」であったことになるでしょう。>

◇                    ◇                    ◇

浅草寺は「せんそうじ」と読みます。
お寺の名前は音読みで読むのが普通です。
たとえば、熊谷寺は「ゆうこくじ」となります。

浅草寺は徳川幕府の祈願寺です。
家康が祈願寺に定めました。

祈願寺(きがんじ)とは、

    一族の繁栄や無事をお願いするお寺

です。

徳川家の厚遇により浅草寺は一段と発展しました。

浅草寺を祈願寺にしたのは、江戸城の鬼門封じになるとの天海の進言によるものです。

◇                    ◇                    ◇

浅草寺は、家康以前にも武将たちの信仰を集めていました。

源頼朝、北条政子、足利尊氏なども参詣(さんけい)し寄進しました。


江戸には江戸三十三観音札所があり、その一番札所が浅草寺(せんそうじ)です。
江戸三十三観音巡礼とは、霊験ある33の寺院を巡る旅です。


鬼門帯は陰陽が転化する不安定な方角

浅草寺
浅草寺史略年表
江戸三十三観音札所
浅草大百科
浅草観光.com

Thứ Tư, 6 tháng 6, 2012

赤坂の山王日枝神社も江戸を守る

多神教とは、他の民族の神をも認める「他神教」、「よその神も認める宗教」です。

これをアニミズム(animism、精霊崇拝)として、一神教はさげすみます。
しかし、多神教は、
    他宗教の人間も、
    動物も、
    草木も、
いつくしみ、うやまう環境にやさしい平和教です。
「山川草木 悉皆有魂(しっかいゆうこん)」と考えます。

干支(えと)では、動物を自分の年とします。
一神教では、自分を猿やネズミになぞらえることは考えられません。

赤坂の山王日枝神社(さんのうひえじんじゃ)には、サルとキツネが、神の使いとして鎮座(ちんざ)しています。

◇                    ◇                    ◇

独特の山王鳥居。2012年6月6日
急坂のためエスカレーターも3基  
赤坂の山王日枝神社(さんのうひえじんじゃ)は、太田通灌が江戸城築城にあたり
川越・喜多院の鎮守・川越日枝神社を
勧請したのに始まります。
勧請(かんじょう)とは、ろうそくの火を移すようなものです。

徳川家康が江戸城の鎮守としました。

明治になり皇居を守る神社となりました。
東京のパワースポットとしても有名なです。
合掌型の鳥居は、山王鳥居とよばれます。

山王日枝神社は、皇居の裏鬼門にあり、皇居をお守りしています。
山王日枝神社の氏子代表は、東京都知事です。

神幸祭(しんこうさい)
山王まつりは毎年6月におこなわれます

山王まつりのなかで、神霊が降りてくる日は神幸祭(しんこうさい)となります。

当日は、8時から17時にわたり巡幸します。
神幸祭 【4】

昔は天下祭とよばれ、江戸城内まで繰り出しました。
天下人(てんかびと)とは将軍のことです。

山王日枝神社の本殿

マサル(魔去る)
マサルさまが日吉神社の神の使いです。

京都御所もマサルが守っています。

サルは神様

京都御所の角欠け(かくかけ)とは

山王日枝神社内の稲荷神社
◇                    ◇                    ◇

大津市坂本にある日吉大社(=山王)が比叡山延暦寺を守っています。
比叡山延暦寺は京都御所を守っています。

日吉大社 > 比叡山延暦寺 >京都御所

日吉大社が比叡山、京、江戸を守る

日吉も、日枝も、比叡も同じことです。
日吉は、「ひよし」「ひえ」とよみます。

日吉大社の支社が、川越・日枝神社となり、山王日枝神社に続きます。

鬼門軸上に ある江戸城を守る寺社
他の寺社とともに、山王日枝神社も江戸城、皇居を守っています。


山王日枝神社   【地図】
千代田区永田町2-10-5。地下鉄・溜池山王駅から徒歩5分。Googleマップ

山王日枝神社 公式サイト
    境内案内図      動画



Thứ Hai, 13 tháng 2, 2012

日吉大社が比叡山、京、江戸を守る

京都御所の東北部の角欠け(かくかけ)。2009年8月
大津の日吉大社の主神は、大山咋神(おおやまくいのかみ)です。
大きな山(=ひえの山)に杭(くい)を打って山を守っています。

「ひえ」は、のちに「日吉」の漢字が当てられました。
末社は、区別して、「日枝」と記されるようになりました。
日吉大社は、3800の日枝神社を有します。

ひえの山は、平安朝に入り「比叡」と記されるようになりました。
やがて字音に引きずられて、「ひえい」と呼ばれるようになりました。

山王宮曼荼羅図
src:http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/060911.html

*     *     *

京の御所の鬼門にあたる比叡山が、御所を守り、
比叡山を日吉大社が守っています。

川越の日枝神社は、円仁が喜多院を創建したときに、守り神として860年に日吉大社から分霊したものです。

東京赤坂の山王日枝神社は、川越の日枝神社から、太田道灌が勧請(かんじょう、=分霊)したものです。

山王(さんのう)神社も、日枝神社と同じく、日吉大社の分霊社です。
ここで、山の王とは、「比叡山の王、すなわち大山咋神(おおやまくいのかみ)」のことです。
山王神社=日枝神社です。

江戸を寛永寺が守り、寛永寺を、川越から勧請した赤坂の山王日枝神社が守っています。

川越・喜多院の天海が寛永寺の住職となり、 江戸を守るしかけを施したので、川越は江戸の母とよばれることもあります。


日吉大社 >地図
京都御所の角欠け(かくかけ)とは
赤坂の山王日枝神社は川越から
漢字「叡」の覚え方「とわいち ははめ」
円仁